メディアプランナー向け:ポストCookie時代における小売メディアネットワーク(RMN)のデータ活用と広告戦略
サードパーティCookieの廃止が現実味を帯びる中、広告業界は新たなターゲティング手法と効果計測のアプローチを模索しています。その中で急速に重要性を増しているのが、小売業者が提供する小売メディアネットワーク(Retail Media Network, RMN)です。特に、メディアプランナーの皆様にとって、RMNはポストCookie時代の提案において欠かせない要素となりつつあります。
本記事では、RMNがなぜポストCookie時代に注目されるのか、その核となるデータ活用、そして広告戦略への組み込み方について解説いたします。
小売メディアネットワーク(RMN)とは
RMNとは、小売業者が自社のオンラインまたはオフラインの顧客データ(購買履歴、閲覧行動、ロイヤリティプログラム情報など)を活用して、広告主に対してターゲティング広告配信や効果測定サービスを提供するプラットフォームです。多くの場合、小売業者のウェブサイトやアプリ、店舗内のデジタルサイネージなどが広告掲載面となりますが、近年ではリテールメディア事業者が保有するデータを活用し、オープンウェブ上(小売業者以外のサイトやアプリ)に広告を配信するケースも増えています。
RMNの最大の特徴は、実際の購買データという非常に質の高いファーストパーティデータを基盤としている点にあります。これは、単なるオンライン上の行動履歴に基づくターゲティングと比較して、より購買意向の高いユーザーへのリーチや、広告接触が実際の売上にどれだけ貢献したかというクローズドループの計測を可能にします。
ポストCookie時代にRMNが注目される理由
サードパーティCookieに依存したユーザー追跡が困難になるにつれて、広告主はユーザー識別と行動理解のための新たな手段を必要としています。RMNは、この課題に対する強力なソリューションの一つとして浮上しています。
- 強力なファーストパーティデータ: 小売業者は、顧客のID(ログインIDなど)と購買履歴、サイト/アプリ内行動、さらには店舗での購買データといった豊富なファーストパーティデータを保有しています。これらのデータは、Cookieに依存しない形で、同意に基づいた精緻な顧客理解とターゲティングを可能にします。
- クローズドループ計測: 広告接触から実際の購買に至るまでのデータが一気通貫で把握できるため、広告効果を売上という最も重要なビジネス指標で直接計測できます。これにより、広告ROIの正確な評価が可能になります。
- プライバシーへの配慮: 多くの場合、RMNにおけるデータ活用は、個人を特定できないように匿名化・集計化されたデータに基づいて行われます。また、IDベースのターゲティングを行う場合でも、それは同意を得た自社顧客のファーストパーティIDに基づいているため、サードパーティCookieのような広範な追跡とは性質が異なります。プライバシー規制への準拠という観点からも有利な側面を持ちます。
- 購買意向の高いユーザーへのリーチ: 小売サイトやアプリを訪れるユーザーは、購買目的でアクセスしている場合が多く、関連性の高い広告への反応率が高い傾向があります。
RMNにおけるデータ活用とターゲティング
RMNにおけるデータ活用は多岐にわたりますが、主なものとしては以下が挙げられます。
- 購買履歴ターゲティング: 特定の商品カテゴリやブランドの購入者、過去に特定のプロモーションを利用したユーザーなど、実際の購買履歴に基づいてターゲット層をセグメントします。
- 閲覧履歴・カート放置ターゲティング: 小売サイト/アプリ上での商品閲覧履歴やカートへの追加・放置といった行動データに基づき、購入意向の高いユーザーを特定しアプローチします。
- デモグラフィック・サイコグラフィックターゲティング: 会員登録情報やアンケート回答、購買行動から推測される年齢、性別、居住地域、ライフスタイルなどの情報を用いたターゲティングです。
- 新規顧客獲得: 既存顧客データから類似性の高いユーザーを推定し、新規顧客となりうる層にリーチします(ルックアライクターゲティング)。
- クロスセル・アップセル: 過去の購入履歴から、関連商品や上位商品の購入を促進するためのターゲティングを行います。
これらのデータは、多くの場合、RMNプラットフォーム内で安全に処理され、集計データとして、または同意に基づいたファーストパーティIDとの連携を通じて広告配信に利用されます。
RMNを組み込んだ広告戦略とユースケース
RMNは、ブランド認知から購買促進、リピート購入に至るまで、様々なマーケティングファネルで活用可能です。
- ブランド認知・検討促進: 小売サイトのトップページやカテゴリページなど、購買プロセスの比較的早期の段階でディスプレイ広告や動画広告を掲載し、ブランドや商品の露出を高めます。
- 購買促進: 商品詳細ページや検索結果ページでのスポンサープロダクト広告(検索連動型広告に類似)や、カートページでの関連商品提案広告など、購買意向の高いユーザーに直接アプローチします。特定のセールやキャンペーンに合わせて、ターゲット顧客グループに限定したプロモーションを告知することも効果的です。
- 既存顧客の維持・活性化: 過去の購入者に対して、関連商品の提案や限定クーポンを配信し、リピート購入や顧客単価向上を図ります。
- オムニチャネル戦略: オンラインRMNと店舗内メディア、さらにはオフライン購買データを組み合わせることで、オンライン・オフラインを横断した顧客体験の向上と効果計測を目指します。
具体的なユースケース例:
- 消費財メーカー: 特定の小売業者で自社製品を購入した顧客や、競合製品の購入者に対し、新製品のサンプルクーポン付き広告を配信し、トライアル購入を促進する。
- 家電ブランド: 特定のカテゴリ(例: テレビ)を閲覧または購入したユーザーに対し、関連アクセサリー(例: サウンドバー)の広告を配信し、クロスセルを狙う。
- アパレルブランド: ロイヤリティプログラムの顧客データと購買履歴を分析し、特定のスタイルやブランドを好む顧客層に新作コレクションの広告を配信する。
RMN活用のメリットとデメリット
メリット:
- 高いROI: 購買データに基づいた精緻なターゲティングにより、購入に繋がりやすいユーザーにリーチできる可能性が高く、高い広告費用対効果が期待できます。
- クローズドループ計測: 広告接触から実際の購買(オンライン・オフライン含む)までの効果を直接測定できます。
- 高品質なファーストパーティデータ: Cookieに依存しない、実際の購買行動に基づいたデータを利用できます。
- ブランドセーフティ: 基本的に小売業者の管理するプラットフォーム上での掲載となるため、不適切なコンテンツへの隣接リスクが比較的低い傾向があります。
- 新たなリーチチャネル: これまでリーチが難しかった特定の顧客層や、購買意欲の高いユーザーへの新たな接点となります。
デメリット・課題:
- スケーラビリティの限界: 各RMNは基本的に特定の小売業者内のデータに閉じており、他の媒体やチャネルへのリーチには向きません。複数のRMNを組み合わせる必要が生じます。
- 標準化の欠如: プラットフォームごとに提供されるデータ種類、ターゲティング手法、計測指標、入札形式が異なります。メディアプランニングや運用が複雑になる可能性があります。
- データ連携・統合の難しさ: 複数のRMNや、広告主自身のファーストパーティデータ、他の代替技術とデータを連携・統合して、統合的な顧客理解やアトリビューション分析を行うには技術的なハードルがあります。
- 透明性: プラットフォームによっては、データのソースやターゲティングロジックの透明性が低い場合があります。
- コスト: 高品質なデータに基づいているため、CPMやCPCが高めに設定されている場合があります。
主要なRMNプラットフォームと対応状況
世界的にはAmazon Advertising、Walmart Connect、Kroger Precision Marketingなどが代表的なRMNプラットフォームです。国内でも、主要なEC事業者やスーパーマーケットチェーン、ドラッグストアなどがRMN事業を展開、あるいは参入を表明しています。
主要なDSPや広告プラットフォームは、RMNへの対応を進めていますが、その形態は様々です。特定のRMNと直接連携し、DSPのインターフェースからRMN在庫への入札やデータ活用を可能にするもの、RMNのデータを外部データソースとしてDSPに取り込み、オープンウェブ上の在庫に対してターゲティングに活用するものなどがあります。メディアプランナーとしては、利用したいRMNのデータが、自身が主に利用しているDSP/SSPとどのように連携できるかを確認することが重要です。
プライバシー規制との関連性
RMNにおけるデータ活用は、各国のプライバシー規制(GDPR、CCPA、改正個人情報保護法など)の遵守が必須です。小売業者は、顧客からの同意取得、データ利用目的の明示、個人データへのアクセス権・削除権への対応などを適切に行う必要があります。広告主やメディアプランナーも、RMNから提供されるデータの利用範囲や、自身のファーストパーティデータとの連携における同意管理について、法規制に基づいた理解と対応が求められます。集計データや匿名化されたデータであっても、再識別リスクがないかといった観点からの配慮も重要です。
今後の展望とメディアプランナーへの示唆
RMN市場は今後も拡大が予測されており、ポストCookie時代の広告戦略においてその重要性はさらに増すでしょう。
メディアプランナーとしては、単一のRMNに依存するのではなく、複数のRMNの特性を理解し、広告主のビジネス目標やターゲット顧客に合わせて最適なRMNを選定、あるいは他の広告手法(Google/Metaなどの walled garden、コンテキストターゲティング、ユニバーサルIDを活用した配信など)と組み合わせて活用するスキルが求められます。
また、RMNが提供する計測データを、広告主の他の販売チャネルのデータやマーケティング施策全体のデータと統合し、より多角的かつ正確な効果測定(MMMやアトリビューションモデリングなど)を行うための知識と、クライアントへの説明能力も重要になります。
RMNは、単なる新たな広告媒体ではなく、購買データという非常に強力な武器を持つプラットフォームです。その仕組み、データ活用方法、メリット・デメリットを深く理解し、ポストCookie時代の提案に活かすことが、メディアプランナーとしての競争力を高める鍵となるでしょう。
まとめ
小売メディアネットワーク(RMN)は、小売業者の持つ豊富な購買データを活用した、ポストCookie時代の重要な広告ソリューションです。Cookieに依存しない精緻なターゲティングと、売上に基づくクローズドループ計測を可能にする点が最大の強みです。
RMNを広告戦略に組み込む際は、そのメリットを最大限に活かしつつ、スケーラビリティやプラットフォーム間の差異といった課題も考慮に入れる必要があります。主要なRMNのデータ活用方法や、利用しているDSP/SSPとの連携状況を確認し、広告主の目的に合わせて最適なプラットフォームを選定・活用することが重要です。
今後も進化するRMN市場の動向を注視し、他の代替技術や手法と組み合わせながら、プライバシーに配慮しつつ最大の広告効果を実現するための戦略を構築していくことが、メディアプランナーの皆様に求められています。