メディアプランナーのための ポストCookie時代 クロスデバイス戦略:多様なIDを活用したユーザー識別と効果最大化
はじめに:ポストCookie時代におけるクロスデバイス識別の重要性
サードパーティCookieの廃止が目前に迫る中、広告ターゲティングや効果計測の根幹を支えてきたユーザー識別は、ブラウザ単位のCookieに依存できない時代へと移行します。特に深刻な影響を受ける領域の一つが、クロスデバイス環境におけるユーザー識別と、それに基づく統合的なコミュニケーション戦略です。
従来の広告運用では、PCとスマートフォン、あるいは異なるブラウザ間での同一ユーザーの行動を追跡し、フリークエンシーキャップの設定やカスタマージャーニー全体の把握を行うために、サードパーティCookieやデバイスIDなどが活用されてきました。しかし、これらの識別子の利用が制限されることで、デバイスやブラウザを跨いでのユーザー行動の断片化が深刻化し、以下のような課題が発生しています。
- 同一ユーザーに対する過剰な広告露出(フリークエンシーキャップの困難化)
- 異なるデバイスでのコンバージョン経路や貢献度の把握困難化
- デバイスを跨いでのユーザー属性や興味関心の統合的な理解不足
- デバイスを考慮した最適なターゲティングやクリエイティブ配信の困難化
メディアプランナーとして、これらの課題に対してどのように向き合い、クライアントの広告効果を最大化していくかは喫緊の課題です。ポストCookie時代においては、ブラウザ単位のCookieに代わる多様な識別子や技術を組み合わせ、クロスデバイス環境でも可能な限りユーザーを正確に識別し、統合的な広告戦略を実行することが求められます。
本稿では、ポストCookie時代におけるクロスデバイス識別の課題を掘り下げるとともに、その解決策として期待される多様な技術や手法、そしてそれらを活用したターゲティング・計測戦略について、メディアプランナーの皆様の実務に役立つ情報を提供いたします。
クロスデバイス識別の従来手法とCookieの限界
広告分野におけるクロスデバイス識別は、主に以下の手法に依存してきました。
- 決定論的アプローチ (Deterministic Matching): ログインIDやメールアドレスなど、ユーザーが異なるデバイスで共通して利用する識別子に基づき、同一人物であると判断する手法です。精度が高い反面、ユーザーがログインしているなどの条件が必要となり、網羅性に限界があります。
- 確率論的アプローチ (Probabilistic Matching): IPアドレス、デバイスタイプ、OS、ブラウザ設定、閲覧履歴などの非個人特定情報(ノンPII)や複数のシグナルを統計的に分析し、同一人物である可能性が高いと推測する手法です。決定論的アプローチより網羅性は高いですが、精度は劣ります。
サードパーティCookieは、主にブラウザ単位でのユーザー行動追跡に利用されてきました。同一デバイス内でも異なるブラウザでは別のユーザーとして認識されるため、根本的にクロスデバイス識別に限界がありました。それでも、確率論的アプローチの一部として、Cookieによって得られたブラウザ情報や行動履歴が他のシグナルと組み合わされて推測に利用されることもありました。
しかし、主要ブラウザ(特にSafariとFirefox)でのサードパーティCookieの廃止、そしてChromeでの段階的な廃止は、この確率論的アプローチの精度と網羅性を著しく低下させます。また、デバイスID(ADID, IDFAなど)についても、OSレベルでの利用制限や同意取得の厳格化が進んでおり、単一の識別子でクロスデバイスを網羅的にカバーすることは、今後ますます困難になります。
ポストCookie時代のクロスデバイス識別を可能にする主要技術
Cookie廃止後のクロスデバイス識別を可能にするためには、一つの技術に頼るのではなく、複数の技術やデータを連携させて補完し合うアプローチが不可欠です。主要な技術要素として以下が挙げられます。
1. ファーストパーティIDの活用
広告主やメディアが自社ウェブサイトやアプリでユーザーから直接取得した識別子(ログインID、メールアドレスのハッシュ化、顧客IDなど)は、ポストCookie時代における最も重要な識別子の一つです。同意を得て取得されたこれらのIDは、特定のユーザーをデバイスを跨いで紐づける強力な基盤となります。
- 仕組み: ユーザーが複数のデバイスで同じアカウントにログインすることで、各デバイスのデータを紐づけることが可能になります。
- メリット: 精度が高く、同意に基づけばプライバシーに配慮した利用が可能です。自社データであるため、活用の自由度が高いです。
- デメリット: ログインを必要としないユーザーや、アカウントを持たないユーザーのデータは捕捉できません。ファーストパーティIDを持つユーザー基盤の規模に依存します。
2. 代替IDソリューション
アドテク業界の様々なプレイヤーが連携して提唱・提供している、サードパーティCookieに代わる共通識別子です。Publisherが同意を得て取得したユーザー情報(多くはメールアドレスのハッシュ化)を基に、複数のパートナー間で共有可能な暗号化されたIDを生成します。
- 仕組み: Prebidなどの共通フレームワークを通じて、Publisher、SSP、DSPなどの間で同意済みのユーザーデータに基づいたIDを生成・共有します。代表的なものにUnified ID 2.0 (UID2)、LiveRamp社のAuthenticated Traffic Solution (ATS)などがあります。
- メリット: 特定のエコシステム内であれば、複数のサイトやアプリ、デバイスを跨いでのユーザー識別が可能になります。ファーストパーティIDを持たない多くのPublisherのインベントリにも対応し得ます。
- デメリット: 参加しているパートナーに限定されます。ユーザーからの同意取得が前提となります。技術的な標準化や普及にはまだ課題があります。匿名化されたIDであるため、ファーストパーティIDとの連携が必要となる場合があります。
3. IDグラフの構築
IDグラフは、あるユーザーに関連する複数の異なる識別子(ファーストパーティID、代替ID、デバイスID、IPアドレスなど)を紐づけ、単一のユーザープロファイルとして統合するためのデータベースまたは技術基盤です。決定論的マッチングと確率論的マッチングの両方のアプローチを組み合わせることで精度と網羅性のバランスを取ります。
- 仕組み: CDPや専用のIDグラフソリューションが、様々なソースから収集した匿名化された識別子データを突合・分析し、同一ユーザーの可能性が高い組み合わせを特定してグラフ構造として保持します。
- メリット: デバイスやチャネルを跨いだユーザー行動の統合的な理解が可能になります。よりリッチで正確なオーディエンスプロファイルの構築に役立ちます。
- デメリット: 高度な技術と多大なデータ収集・処理能力が必要です。構築・運用にはコストがかかります。プライバシー保護の観点からの厳格な管理が求められます。確率論的部分には推測の不確実性が伴います。
4. コンテキスト情報と統計モデリング
直接的なユーザー識別に依存しない方法として、コンテキスト情報(閲覧中のコンテンツ内容、ページカテゴリ、キーワードなど)に基づいたターゲティングや、過去の集計データや機械学習を用いた統計モデリングによる成果予測・最適化も、クロスデバイス戦略を補完する重要な要素です。
- 仕組み: ユーザーのデバイスやIDに関わらず、閲覧しているコンテンツの文脈に沿った広告を配信します。また、過去のデータからデバイスタイプごとのコンバージョン率などを分析し、集計レベルでの傾向に基づいた予算配分などを行います。
- メリット: プライバシー規制の影響を受けにくいです。CookieやIDが利用できない環境でも実行可能です。
- デメリット: 個々のユーザーに対するパーソナライゼーション精度は限定的です。コンバージョン経路の追跡やフリークエンシーキャップには直接利用できません。
クロスデバイス識別を活用したターゲティング・計測戦略
多様なIDや技術を活用してユーザー識別を強化することは、ポストCookie時代においても以下のようなターゲティングや効果計測のアプローチを実現・改善するために不可欠です。
ターゲティング戦略への応用
- 統合的なオーディエンスセグメント構築: ウェブサイト、アプリ、店舗など複数のチャネル・デバイスから収集したファーストパーティIDや代替IDを基に、より正確でリッチなユーザーセグメントを構築し、デバイスを跨いでターゲティングに活用します。
- クロスデバイス フリークエンシーキャップ: IDグラフなどを用いて同一ユーザーを識別し、PCとスマートフォンで広告が過剰に表示されないようにフリークエンシーを適切に管理します。これにより、ユーザー体験の向上と広告費の効率化が期待できます。
- デバイスに応じたメッセージング最適化: ユーザーが現在利用しているデバイスや、過去のデバイス利用傾向に基づいて、最適なクリエイティブやランディングページを出し分けることで、ユーザーエンゲージメントを高めます。
- リターゲティングの高度化: あるデバイスでサイトを訪問したユーザーに対し、別のデバイスでリターゲティング広告を配信することが可能になり、離脱ユーザーへの再アプローチ機会が増加します。
効果計測戦略への応用
- クロスデバイス コンバージョン計測: 複数のデバイスを跨いでのコンバージョン経路を追跡し、各タッチポイント(デバイス)の貢献度を正確に評価します。これにより、断片化していたカスタマージャーニーをよりクリアに把握できます。
- パスベース分析とアトリビューション: デバイスを跨いだユーザー行動データを統合することで、より正確なカスタマージャーニーパスを描き、MMMやMTAにおいて各デバイスやメディアチャネルの貢献度を適切に評価するためのインサイトを得ます。
- 増分効果(インクリメンタリティ)測定: クロスデバイスでのユーザー識別精度が向上すれば、広告接触グループと非接触グループをより正確に定義でき、広告がもたらす真の増分効果をデバイスを跨いで測定することが可能になります。
- 集計レベルでの補完: 個別ユーザーの追跡が難しい場合でも、IDグラフや集計データを活用し、デバイスタイプやチャネルごとの傾向分析を通じて、全体的な成果予測や予算配分に活かします。
導入・活用のメリットとデメリット
| 観点 | メリット | デメリット | | :---------------- | :----------------------------------------------------------------------- | :----------------------------------------------------------------------------- | | ターゲティング | より正確なクロスデバイスオーディエンス、フリークエンシーキャップ精度向上、メッセージング最適化 | IDグラフの構築・維持コスト、代替IDのエコシステム依存、網羅性の限界(特に非ログインユーザー) | | 効果計測 | クロスデバイスコンバージョン計測、カスタマージャーニー把握、アトリビューション精度向上 | 計測環境の複雑化、複数のデータソース連携の技術的ハードル、プライバシー規制下のデータ利用制約 | | プライバシー保護 | 同意取得に基づいたデータ利用、匿名化技術の活用 | 不適切なデータ管理によるリスク、プライバシー規制遵守の複雑化 | | スケーラビリティ | ファーストパーティID基盤や代替IDエコシステムの規模に依存 | 全てのユーザーやデバイスをカバーすることは困難 | | 技術的な複雑さ | 高度な技術知識とシステム連携が必要 | 異なるベンダーやデータの統合、メンテナンスの手間 | | コスト | IDグラフソリューション、代替ID参加費用、データ処理インフラなどが発生 | 初期投資や運用コストが高い |
主要プラットフォーム/ベンダーの対応状況
主要な広告プラットフォームやアドテクベンダーは、ポストCookie時代におけるクロスデバイス識別の重要性を認識しており、様々な対応を進めています。
- Google: Privacy Sandbox API群(特にAttribution Reporting APIやPrivate State Tokensなど)は、ユーザーレベルの識別ではなく、集計レベルでのクロスデバイス計測や不正防止を目指しています。また、Google AdsやGoogle Marketing Platformにおいては、Googleアカウントベースのクロスデバイスコンバージョン計測機能を提供しています(同意済みのユーザーに限る)。
- Meta: Facebook/Instagramなどのプラットフォーム内では、ログイン済みのユーザーに対してクロスデバイスでの識別とターゲティング・計測が可能です。プラットフォーム外への影響については、Conversion APIなどを通じてファーストパーティデータを活用した計測ソリューションを提供しています。
- 主要DSP/SSP/IDベンダー: Many-to-Manyの関係で連携し、Unified ID 2.0やLiveRamp ATSなどの代替IDソリューションのエコシステムを構築・拡大しています。これらのソリューションに対応することで、代替IDが利用可能なインベントリへのアクセスや、IDベースのターゲティング・計測が可能になります。また、CDPベンダーや計測ベンダーは、IDグラフ構築や複数のデータソースを統合したクロスデバイス計測ソリューションを提供しています。
メディアプランナーとしては、利用しているプラットフォームやベンダーが、どのようなクロスデバイス識別技術に対応しているか、どのようなID連携が可能かを確認し、自社のデータ状況やクライアントの目的に合ったソリューションを選択・組み合わせることが重要です。
プライバシー規制とコンプライアンス
クロスデバイス識別は、ユーザーのデバイスを跨いだ行動追跡を伴うため、プライバシー規制との関連性が非常に高い領域です。GDPR(EU一般データ保護規則)、CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)、そして改正個人情報保護法など、多くの規制において、ユーザーデータの取得・利用には厳格な同意取得や利用目的の明示が求められます。
特に、メールアドレスのハッシュ化やファーストパーティIDを利用してユーザーを識別するアプローチは、法的な個人情報(または個人に関連する情報)として扱われる可能性が高く、適切な同意管理(CMPの活用)やデータ利用目的の明確化が不可欠です。
また、IDグラフの構築や活用においても、収集するデータの種類、紐づけの精度、データの保持期間、ユーザーからの削除要求への対応など、データガバナンスの仕組みを構築し、法規制を遵守した運用を行う必要があります。確率論的マッチングについても、利用するシグナルの種類によってはプライバシー侵害のリスクを伴うため、慎重な対応が求められます。
課題と今後の展望
ポストCookie時代のクロスデバイス戦略には、まだ多くの課題が存在します。
- 技術的な断片化: 代替IDソリューションが乱立しており、どのエコシステムに参加するか、複数のIDをどう連携させるかなど、技術的な選択と統合が複雑です。
- 普及率と網羅性: ファーストパーティIDの活用は広告主のログインユーザー基盤に依存し、代替IDもそのエコシステムの参加率に依存します。全てのユーザーを網羅的に識別することは依然として困難です。
- プライバシー強化の進化: ブラウザベンダーやOS提供者によるプライバシー強化の動きは今後も続くと予想され、現在有効な識別手法や技術が将来的に利用できなくなるリスクも存在します。
- 計測精度の課題: 集計レベルでの計測やモデリングに依存する部分が増える可能性があり、Cookieベースの個人単位の追跡と比較して、粒度の細かい効果測定やアトリビューションが難しくなる可能性があります。
今後の展望としては、代替IDエコシステムの統合・標準化が進む可能性や、プライバシー保護コンピューティング(クリーンルームなど)と連携し、プライベートな環境で安全にクロスデバイスデータを分析する手法が普及する可能性が考えられます。また、AIや機械学習を用いた高度なモデリングによって、識別できないユーザーの行動をより正確に予測する技術も進化していくでしょう。
まとめ:多様なIDと技術を組み合わせた戦略の構築へ
ポストCookie時代において、クロスデバイス環境でのユーザー識別とそれに続くターゲティング・効果計測は、単一の魔法の杖では解決できません。ファーストパーティIDを最大限に活用し、自社にとって最適な代替IDソリューションを選択・連携させ、IDグラフを構築または活用することで、可能な限り正確なユーザー識別基盤を整備することが第一歩となります。
その上で、コンテキストターゲティングや統計モデリングといったIDに依存しない手法も組み合わせ、それぞれの強みを活かした統合的なターゲティング戦略を構築する必要があります。効果計測においても、クロスデバイスコンバージョン計測、パスベース分析、増分効果測定など、新しい計測手法を導入し、断片化しがちなユーザー行動を多角的に評価する体制を整えることが重要です。
メディアプランナーとしては、これらの技術トレンドと各ソリューションの特性を深く理解し、クライアントのビジネスモデル、保有データ、キャンペーン目的などを踏まえて、最適なクロスデバイス戦略を提案・実行していく役割が求められます。不確実性の高い時代だからこそ、様々な選択肢を柔軟に組み合わせ、データに基づいた意思決定を継続していくことが、広告効果の最大化に繋がります。クライアントへの説明においては、単に技術の羅列ではなく、それがビジネス課題(例: フリークエンシー過多、正確なCPA測定困難など)をどのように解決し、どのような成果(例: 予算効率向上、LTV向上など)に繋がるのかを明確に伝えることが、信頼獲得の鍵となります。