メディアプランナーのための:ポストCookie時代におけるサプライサイド(SSP/メディア)の対応と新しいバイイング戦略
ポストCookie時代への移行は、広告業界全体に大きな変化をもたらしています。特に広告在庫の価値化と収益最大化を担うサプライサイド(SSPおよびパブリッシャー/メディア)は、ユーザー識別子としてのサードパーティCookieに依存しない新たな戦略の構築が急務となっています。メディアプランナーの皆様にとっては、クライアントの広告効果を最大化するために、サプライサイドがどのようにこの変化に対応し、どのような新しい価値を提供しようとしているのかを深く理解し、ご自身のバイイング戦略を再構築することが不可欠です。
この記事では、ポストCookie時代におけるサプライサイドの主な対応策と、メディアプランナーがそれをどのように評価し、新しいバイイング戦略に組み込んでいくべきかについて解説します。
サプライサイドが直面するポストCookie時代の課題
サードパーティCookieが廃止されることで、サプライサイドは主に以下の課題に直面しています。
- ユーザー識別の困難化: ユーザーのウェブサイト横断的なトラッキングが難しくなり、精緻なオーディエンスセグメンテーションやフリークエンシーキャップの設定が困難になります。
- 広告在庫の価値低下懸念: ターゲティング精度の低下は、プレミアムなオーディエンスへのリーチ機会を減少させ、広告在庫の価格(CPM)低下を招く可能性があります。
- 収益性維持への圧力: 上記の課題は、サプライサイドの主要な収益源である広告収益に直接影響を与え、事業継続に影響を及ぼす可能性があります。
- 効果計測の断絶: 広告露出からコンバージョンに至るまでのユーザー行動をCookieで追跡することが難しくなり、広告効果の証明が困難になります。
これらの課題に対処するため、サプライサイドは多岐にわたる技術的および戦略的な対応を進めています。
サプライサイドの主な対応策と広告在庫の価値化戦略
サプライサイドは、Cookieに依存しない形で広告在庫の価値を維持・向上させるため、様々なアプローチを組み合わせています。メディアプランナーとしては、これらの対応策を理解し、媒体を選定・評価する際の新たな基準とする必要があります。
1. ファーストパーティデータの積極活用と自社ID(PPID)の導入
パブリッシャーは、自社サイト/アプリ内で収集したユーザーのファーストパーティデータを最も重要な資産と位置付け、その活用を強化しています。
- ファーストパーティオーディエンス: ログインユーザーデータ、サイト内行動履歴(閲覧記事、購入履歴など)に基づいた独自のオーディエンスセグメントを定義し、広告主に対して提供します。
- Publisher Provided Identifiers (PPID): ログイン状態にあるユーザーに対して、パブリッシャーが内部的に生成・管理するIDをSSPやDSPに送信することで、Cookieに依存せずに特定ユーザー(またはユーザーグループ)に対するターゲティングやフリークエンシー管理を可能にします。これは、サイトを跨いだトラッキングはできませんが、同一サイト内でのユーザー識別には有効です。
2. 代替IDソリューションとの連携
オープンウェブにおいてユーザーを横断的に識別する試みとして、様々な代替IDソリューションが登場しています。サプライサイドはこれらの主要なソリューションとの連携を進めています。
- 主な代替ID: Trade Deskが主導するUnified ID 2.0 (UID2)、LiveRampのAuthenticated Traffic Solution (ATS)、ID5などが代表例です。これらは、メールアドレスや電話番号といったハッシュ化された情報を基に共通IDを生成・活用しようとするものです。
- 連携の意義: サプライサイドがこれらの代替IDに対応することで、当該IDを解決できるDSPやデータプロバイダーと連携し、Cookieに依存しない横断的なオーディエンス識別やデータ連携が可能になります。これは、パブリッシャーの広告在庫を、特定の代替IDを活用する広告主や代理店に対して、より高い価値で提供できる機会を創出します。
3. コンテキストターゲティングの高度化
ユーザーの識別が難しくなる中で、コンテンツの内容に基づいたコンテキストターゲティングが再び注目されています。サプライサイドは、この精度向上に投資しています。
- コンテンツ解析技術: AIや自然言語処理技術を用いて、記事やページのテキスト内容だけでなく、画像、動画、メタデータなどを詳細に解析し、よりリッチで粒度の細かいコンテキストカテゴリを生成します。
- センチメント分析: コンテンツのトーン(肯定的、否定的、中立など)を分析し、ブランドイメージに適した広告配信を可能にします。
- リアルタイムコンテキスト: ユーザーが現在閲覧しているコンテンツのコンテキストをリアルタイムで捉え、その瞬間に最適な広告を配信します。
4. プライバシーサンドボックスAPIへの対応
Google ChromeのPrivacy Sandboxは、ユーザーのプライバシーを保護しながら広告配信を可能にするためのAPI群です。サプライサイドは、これらのAPI仕様を理解し、自社プラットフォームへの実装準備を進めています。
- Topics API: ユーザーの閲覧履歴に基づき、ブラウザが関心のあるトピックを推定し、その情報をパブリッシャーに提供するAPI。パブリッシャーは、提供されたトピック情報に基づいて関連性の高い広告を配信できます。
- Protected Audience API (旧FLEDGE): リターゲティングやカスタムオーディエンス配信を、ユーザーの閲覧履歴をGoogleやパブリッシャーに開示することなく、ブラウザ内で行うためのAPI。パブリッシャーは、このAPIを通じてリターゲティング広告のオークションに参加することになります。
- Attribution Reporting API: コンバージョン計測をプライバシーに配慮した形で行うためのAPI。パブリッシャーは、このAPIを通じて広告の成果に関する集計データを受け取ることができます。
サプライサイドは、これらのAPIへの対応を通じて、Google Chrome上での広告配信・計測機会を維持しようとしています。
5. データクリーンルームの活用
パブリッシャーが保有するファーストパーティデータを、プライバシーに配慮した環境で広告主のデータと安全に連携・分析するために、データクリーンルームの活用も進んでいます。
- 連携による価値創出: パブリッシャーのオーディエンスデータと広告主の顧客データや購買データをクリーンルーム内で突合・分析することで、より詳細なターゲットインサイトを得たり、高度なセグメント(例: 自社顧客かつ競合製品に関心があるユーザー層)を作成したりすることが可能になります。
- プライバシー保護: クリーンルーム内では、個々のユーザーの生データが外部に出ることなく集計・匿名化された結果のみが共有されるため、高いプライバシー安全性が確保されます。
SSPの役割変化とメディアプランナーへの示唆
ポストCookie時代において、SSPは単なる在庫最適化ツールから、多様なシグナルと識別子を処理し、広告主に高度なターゲティング・計測機会を提供するプラットフォームへと進化しています。
- 多様なシグナルの受け渡し: SSPは、PPID、代替ID、高度なコンテキスト情報、Privacy Sandbox APIからの情報など、様々な種類のシグナルをDSPからの入札リクエストと連携させ、広告在庫の価値を正確に評価し、適切な価格でのオークションを可能にします。
- データ連携機能の強化: 特定の代替IDを活用するDSPやデータプロバイダー、あるいはデータクリーンルームとの連携を強化し、よりリッチなオーディエンスデータに基づいたバイイング機会を広告主に提供します。Private Marketplace (PMP) やDeal IDは、このようなデータ連携型バイイングを実行するための重要な手段となります。
- 透明性の向上: どのような識別子やデータに基づいて広告在庫が提供されているのか、あるいはターゲティングが可能となっているのかについて、より透明性の高い情報提供が求められます。
メディアプランナーがサプライサイドの対応をどう評価し、新しいバイイング戦略を構築するか
サプライサイドのこれらの対応を踏まえ、メディアプランナーは以下の点を考慮してバイイング戦略を再構築する必要があります。
- 媒体のファーストパーティデータ活用能力の評価:
- 媒体はどれだけのリッチなファーストパーティデータを保有しているか(ログイン率、サイト内行動深度など)。
- どのようなファーストパーティオーディエンスセグメントを提供しているか。そのセグメントの定義は明確か、規模は十分か。
- PPIDを導入しているか、またそのSSP/DSPへの連携状況はどうか。
- 代替IDソリューションへの対応状況の確認:
- 媒体/SSPはどの代替IDソリューションに対応しているか。
- クライアントが活用したい代替IDと媒体の対応状況が一致しているか。
- 代替IDによるリーチ規模はどの程度か。
- コンテキストターゲティングの提供能力の評価:
- 媒体のコンテンツ解析技術の精度はどの程度か。
- どのようなコンテキストカテゴリを提供しているか。クライアントの商材や目的に合ったカテゴリがあるか。
- リアルタイムコンテキストターゲティングは可能か。
- Privacy Sandbox対応の進捗確認:
- 媒体/SSPはTopics APIやProtected Audience APIなどの主要APIにどのように対応しているか。
- Attribution Reporting APIを用いた計測連携は可能か。
- データクリーンルーム連携の可能性:
- 媒体はデータクリーンルームを通じたデータ連携に対応しているか。
- 連携可能なクリーンルームの種類(主要プラットフォーマー系、ベンダー系など)を確認する。
- データ連携にかかるコストや手順、タイムラインを把握する。
- 新しいバイイング手法の活用:
- データ連携型PMP/Deal ID: 媒体の特定のファーストパーティデータや代替IDと連携したPMP/Deal IDの活用を検討します。これにより、特定の高品質なオーディエンスに対して優先的にリーチすることが可能になります。
- 多様なシグナルの組み合わせ: ファーストパーティデータ、代替ID、高度なコンテキスト情報を組み合わせたターゲティング手法を検討し、テストします。
- 媒体横断での識別子活用: 複数の媒体が共通の代替IDに対応している場合、そのIDを活用して媒体横断でのターゲティングやフリークエンシー管理を試みます。
- コンバージョンモデリングやMMMとの連携: 媒体側で提供される計測データ(Attribution Reporting API経由など)と、広告主側や第三者のモデリング手法(コンバージョンモデリング、MMMなど)を組み合わせて効果を評価します。
- 透明性の確認とコミュニケーション:
- SSPや媒体に対して、どのような識別子やデータが活用されているのか、その精度やカバレッジはどうなっているのかについて、積極的に情報開示を求めます。
- 広告主のプライバシーポリシーやデータ活用の許諾範囲と、媒体側の対応が合致しているかを確認し、必要に応じて調整を行います。
課題と今後の展望
サプライサイドのポストCookie対応は急速に進んでいますが、まだ多くの課題が存在します。代替IDソリューションの普及度合いにはばらつきがあり、どのソリューションがデファクトスタンダードになるかは不透明な状況です。また、異なる技術(ファーストパーティデータ、代替ID、コンテキスト、Privacy Sandbox)をどのように最適に組み合わせるかは、継続的な検証が必要です。データ連携におけるプライバシー保護と利便性のバランスも常に議論の対象となります。
メディアプランナーとしては、これらの変化と不確実性を踏まえつつ、常に最新の技術動向とSSP/媒体の対応状況をキャッチアップし、テストを通じて効果的なバイイング戦略を見出していく粘り強い姿勢が求められます。媒体選定の基準も、「リーチ規模」や「デモグラフィック情報」だけでなく、「ポストCookie時代のデータ活用能力」「提供可能なシグナルの種類」「プライバシー対応の信頼性」といった観点がより重要になります。
結論
ポストCookie時代において、サプライサイドはファーストパーティデータ活用、代替ID連携、コンテキスト高度化、Privacy Sandbox対応など、多角的なアプローチで広告在庫の価値化を進めています。メディアプランナーは、これらのサプライサイドの対応を深く理解し、媒体ごとのデータ活用能力や提供されるシグナルを見極めることが、効果的なバイイング戦略構築の鍵となります。
新しい技術や手法は日々進化しており、これまでのメディアプランニングの知識に加えて、アドテクの技術的側面やプライバシー規制への深い理解が不可欠です。サプライサイドとの緊密なコミュニケーションを図りつつ、多様なソリューションをテスト・評価し、クライアントのビジネス目標達成に向けた最適な広告配信手法を確立していくことが、メディアプランナーとしての重要な役割となります。